パレスチナ問題を分かりやすく解説!(その2)

パレスチナ問題を分かりやすく解説!(その2)

今イスラエルと呼ばれているパレスチナという土地は16世紀以降はオスマントルコ帝国の一部として、アラビア語を共通言語とし、イスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒が共存していた土地でした。

しかし、19世紀、西欧帝国主義諸国が中東に進出し、オスマン帝国は崩壊の危機を迎えました。

その西欧帝国主義諸国の中心となったのがイギリスでしたが、オスマントルコ帝国を倒そうと、パレスチナに住むアラブ人に対し、帝国内部で反乱を起こさせてオスマン帝国を倒そうと画策したのです。

先導されて反乱を起こしたのがパレスチナのアラブ人、オスマントルコ撃退に必要な資金面での協力をしたのがユダヤ人でしたが、イギリスは両者に対し独立国家に協力することを約束したのです。

有名なイギリスの三枚舌外交の2つの約束です。

 

さて、19世紀末にヨーロッパのユダヤ人の中に高まってきていた「シオニズム運動」というものがありました。

シオンの地(現在のパレスチナ)にユダヤ人国家をつくろうとの運動ですが、それが現在のイスラエルの建国の理念であり、パレスチナ問題の底流にある思想といえます。

そこに付け込んだのがイギリスでした。

ヨーロッパにいたユダヤ人たちは19世紀末からシオニズム運動が活発化してきていて、パレスチナに最初は平和裏に移住をしてきていました。

 

アラブ人はもともとそこに住んでいたのでパレスチナのアラブ国家建国のために働いたわけですが、金を出したユダヤ人はユダヤ国家建設を約束されたわけですから問題が起こらないはずがありません。

イギリスは、第一次大戦以降はしばらくパレスチナを委任統治していたのですが、第二次世界大戦直後にこの三枚舌外交が現在のパレスチナ問題を引き起こす結果になってしまいます。

 

ところで、パレスチナの地にはエルサレムという重要な聖地があります。

地中海から内陸部に入った標高800メートルの小高い丘の上に位置する都市でユダヤ人が住む西エルサレムと、アラブ人居住区である東エルサレムから成り立っています。

またエルサレムの旧市街にはコーランの預言者ムハンマドがミウラージュの奇跡において天馬ブラークに跨がり昇天したのを記念するためにつくられたといわれるアルアクサモスクが建てられています。705年から709年にかけてウマイヤ朝のワリード1世によって建設されたモスクです。

 

エルサレムは、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖地として有名です。

イスラエルはエルサレムが自国の「首都」であると宣言していますが国際連合など国際社会はこれを認めておらず、イスラエルの首都はテルアビブであるとみなしています。

またパレスチナ自治政府は東エルサレムをパレスチナ国の首都と主張しています。

イスラエルと国交を持つ諸国も、大使館や領事館はエルサレムでなくテルアビブに置いてきましたが、2017年にトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都であると明言し、2018年5月にアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転させて今に至っています。

 

第一次大戦以降、イギリスはアラブ人との約束を守るために1923年にヨルダン川東岸にトランスヨルダン王国(今のヨルダン王国)を建国させ、ヨルダン側西岸のパレスチナについてはユダヤ人との約束は守らず委任統治したままでした。

建国を許されたアラブ人とユダヤの国の建国を許されなかったユダヤ人はアラブとイギリスに反感をもつようになった一方、ユダヤ人の移民は増え続けていました。

ユダヤ人の急激な増加にアラブ人が危機感を覚え、1929年にはユダヤ人たちが「嘆きの壁」にシオニズムの旗を立て、シオニズムの歌を歌い始めたことをきっかけにユダヤ人とアラブ人の間で大規模な衝突が起きています。

1933年ころからドイツではナチスによるユダヤ人迫害が起こり、ユダヤ人のパレスチナへの流入が加速します。

 

このアラブ人とユダヤ人の衝突で両者とも疲弊するのはイギリスにとっては好都合だったかもしれません。

しかし、ますます流入し続けるユダヤ人に危機感を覚え、統治国イギリスの対応を期待しましたがイギリスが動かないのに嫌気をさし、1936年にアラブの大蜂起が起きます。

パレスチナの独立を求め、反英ゼネストとアンチシオニズムの運動となりました。

これに驚いたイギリスは「パレスチナ分割案」を提起します。

パレスチナの5分の一をユダヤ人に与えるという案でしたが、アラブ側がユダヤ人へ土地を与えることを拒否して事態はますます深刻になっていきました。

 

アラブの賛同を得られなかったことで、この後イギリスは「パレスチナ分割案」を放棄し、新たに「パレスチナ白書」を提示します。

こちらは、パレスチナにユダヤ国家は作らせないかわりにユダヤ人には3分の一までの領土を認めることと、10年以内にアラブの独立国を認めるが、それまではイギリスの委任統治とする、という内容でした。

ユダヤ人は、バルフォア宣言を無視したこの内容を拒否してアンチイギリスとなります。

アラブ側も10年後という口約束を信用しませんでした。

 

イギリスはユダヤにもアラブにも拒否され始め、委任統治が揺らいできていましたが、第2次世界大戦勃発ともに状況が変化します。

パレスチナでのアラブによるアンチイギリス、アンチユダヤの運動は下火となり、世界の注目はナチスによるユダヤ人ホロコーストになります。

ユダヤ人は大戦で連合国側につき、アラブ側は枢軸側につくことになって行きました。

ムハンマド・アミーン・アル=フサイニーがパレスチナ運動でのリーダーでしたが、彼はドイツに亡命することになり、その時にナチスのヒットラーと面会し、ユダヤ人をせん滅してくれるよう依頼したと伝えられています。

そのナチスを選ぶという判断が後世のアラブ側の大きな失点となってしまったようです。

ナチスの敗退とともに、連合国側についたユダヤ人は、イギリスを見限ってユダヤ人が大勢住んでいる米国の後ろ盾に乗り換え、後に国際連合をユダヤ側に有利に立ち振る舞わせることに成功します。

 

第二次世界大戦直後に、ユダヤ人は1945年にシオニズムの綱領を作成し、パレスチナの地にユダヤ国家を建国することを目標とすることを公表し、アラブ側も1945年イギリスの後ろ盾でアラブ連盟を設立し、シオニズムに対抗することになりました。

イギリスはパレスチナ統治が空回りしていたのを機に1947年、パレスチナ統治を国連に委ねることになります。

著者プロフィール

memo
ウィンインベストジャパン( https://win-invest.co.jp/ )
齊藤トモラニ 老舗FXスクール代表。
FX会社主催のセミナー講師としても活躍する。
著書に『簡単サインで「安全地帯」を狙うFXデイトレード』
ロンドンfxの松崎美子さんと一緒にYouTube「fxの流儀」を配信中
<FXの流儀youtubeチャンネル>
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